日本の奇妙な政治状況――安倍政権の危険な野望 (本田浩邦研究員 アジアインスティチュート) 

 

「日本の奇妙な政治状況――安倍政権の危険な野望」

本田浩邦 研究員 

アジアインスティチュート

 

ロシアの動乱時代を描いたプーシキンの戯曲『ボリス・ゴドゥノフ』は、為政者が何度変わってもいっこうによくならない帝政下の政治の現実を描きだし、虚無と沈黙という民衆の消極的な憤激のなかにその政治システム全体を覆す原動力を見出した作品である。16世紀末から 17世紀初頭の帝政ロシア政治の不毛は、現在の閉塞状況と政治不信の蔓延と重なる。現在では、むしろ民主的な代表制があるにもかかわらず、状況を変革できないでいることが、政治的主体であるべき一般国民の無力感といらだちを募らせ、政治的アパシー(無関心)を生んでいる。ブッシュやオバマのアメリカ、アラブの春ののちの中東、世襲政治家だらけのアジアなど世界のいたるところでそうである。今や世界はボリス・ゴドゥノフ的なもので満たされている。

日本でも、本来ならば、2012年暮れの衆院選と昨年夏の参院選で脱原発、護憲をめざし、消費税増税やTPPに反対する国会ができてしかるべきであった。しかし実際は、政治的不信は奇妙な政治的経路を辿って、それとは真逆の、安倍晋三という超国家主義的イデオロギーむき出しの政治家が大手を振って闊歩する状況ができてしまった。

 

 イスラエル化する日本――集団的自衛権の行使と戦争準備の態勢づくり

安倍政権のもとで日本は今どのような状況におかれているか。安倍首相が追求している三つの課題をみてみよう。

まず第1に、安倍政権は、中国など隣国を念頭に置き日本の防衛を強化し、アメリカとの一体化を推し進める集団的自衛権に道を開こうとしている。日本版NSC(国家安全保障委員会)を設置し、自衛隊の統合能力を高め、世界のどこでも自衛隊を派遣できるようにするというものである。本来、この課題は、戦争放棄と戦力不保持をうたった日本の現行憲法の第9条を改定し、自衛隊を国防軍に再編することによって名実ともに軍隊をもつ日本を作り上げることによって実現すべきものと安倍は考えていた。しかしこの企ては与党の公明党にも受け入れられず、結局は、現行憲法の解釈を変更することによって行われようとしている。

第2は、集団的自衛権の行使に即応した国内体制の強化であり、それは情報管理とマスコミ統制である。昨年12月に成立した「特定秘密保護法」は政府の情報統制と機密漏洩に対する厳罰措置が明記された。日本の情報公開制度は諸外国と比べても貧弱であったが、この法律によってさらに政府の秘密体質は強まり、マスコミや一般に対する情報の規制がすすむとして、法案採択をめぐって規模としては異例の国民的反対運動が巻き起こった。米軍沖縄普天間基地の辺野古への移設問題では、アメリカの意をくんで、沖縄県民の反対を強引に押し切って、自民党は移設を推進しようとしている。

第3は、国内の思想的管理強化である。靖国参拝、日本の侵略戦争や従軍慰安婦など歴史認識についてのNHK経営委員などの否定的発言、国の政策に準じた教科書改編、『はだしのゲン』など反戦要素の強い書籍の公立学校図書館からの撤去、在日外国人に対するヘイトスピーチなどが、民間団体を含めて推し進められている。

おそらく外国人の目から見れば不可思議と思われるであろうが、日本人の大多数はむしろこうした現政権の動きに反対か懐疑的、もしくは無関心である。しかし、国政レベルの選挙が長年、小選挙区制で行われてきたために、少数派である革新政党の力が低落し、与党野党にかかわらず、相対的多数の票をとる保守政治家に議席が集中する構造が維持されてきた。政治学では、マジョリティーシステム(多数決で一人を選ぶ小選挙区制度のような方法)では中道右派政権ができやすいという研究がある。中間層を取り込む経済的・政治的・文化的資源を経済的支配勢力と結びついた右派が握る場合が多いからである。逆にプロポーショナルシステム(比例代表制度)では中道左派政権ができやすい。日本はまさに小選挙区制度によって、野党の基盤が浸食され、保守政治家の政権のたらい回しが続いている。時代的閉塞状況の背景には、まさにこうした政治過程に国民の意見が反映されにくいという代表制の問題がある。

ある意味において、日本はアジアにおけるイスラエルの役割を萌芽的ではあるが果たすようになりつつある。突出した軍事的な暴走を挑発しつつ、国民を統合し、地域の不安定要素となることによってアメリカの介入の余地を多分に残すという役割である。安部晋三という復古調の超国家主義者の役割は、伝統的な自民党政治の基準で見ても突出したものである。したがって彼は、自分とアイデンティティを共有できる人材で周囲を固め、首相任命のNHK経営委員などでさえ、日本の戦争責任を否定する驚くべき発言をする人たちを起用している。しかし、こうした突出した人物を浮かび上がらせたのは、偶然というよりは、民主主義の制度的な弱さとアメリカへの追随を払拭できない日本が、閉塞状況から脱する不合理で必然的な選択肢であったといえるかもしれない。

 

 アベノミクス――経済政策の行き詰まり

しかし安倍政権に対する高い支持率は、こうした政治・外交面よりもむしろ「アベノミクス」と自称する経済政策に対する期待に基づくものである。安倍政権に対して国民は民主党政権が十分に取り組まなかった大胆な経済政策で対処するものと期待した。たしかに、この間の株価の上昇は、輸出大手企業を中心に設備投資の拡大を期待する声が聞かれたためであるが、それは実体経済が好調というよりも、たんに期待に働きかけた結果であり、具体的な成果に乏しい。すでに日本市場から外国人投資家が離れつつあるといわれる。政府自身も、昨年暮の政府が発表した景気予想では、民間の最終消費支出は伸び率が低下し、民間の住宅投資もマイナスになると悲観的な見通しを立てている。しかもその数字でさえ、当面、為替が一ドル一〇〇円くらいで推移し、世界経済が実質三・三%で成長するという楽観的な前提をおいたものにすぎない。しかしその前提はいまあらに崩れつつある。すなわちこの間の株価の上昇と輸出促進をもたらしている円安がアメリカの金融緩和の縮小(テーパリング)で反転しつつあり、日本だけでなく新興国から資金が急激に流出しはじめ、世界的な株価の下落が起きている。さらに中国の金融問題が懸念され、中国への輸出も収縮するといわれている。安倍首相は、賃上げに取り組むと述べるが、具体的な政策措置はなく、むしろ戦略特区や労働者派遣法など、労働条件を切り込む政策に熱心で、一般庶民の購買力は落ち込んだままなので、バブルにもブームにもなりようがないという有様である。

 

政治戦略への批判の高まりと領土問題の役割

安倍政権は岐路にさしかかりつつある。アベノミクスという唯一の支えが息切れしつつあるなかで、国民の多くが同意していない超国家主義的な政治の反動路線のみが浮かび上がっているからである。

明文改憲(憲法そのものを改定すること)は、与党内でも自民党と公明党で意見が折り合わず、国民投票法の準備が思うように進んでいない。そこで解釈改憲で集団的自衛権を行使したいのだが、そのためには関連する諸法規の整備などが必要で、その道もうまくいきそうにない。そこでいまでは、閣議決定で憲法解釈を変え、自衛隊の米軍支援や日本周辺以外への派遣を実現しようというのであるが、閣議でそれが可能なら、政権が変わるたびに憲法解釈が変更され、憲法の意味がなくなるとの批判が自民党内からも出されている。

戦争準備のための特定秘密保護法も、秘密保護のための関連する委員会の設置が難航し、こちらも法律は成立したが動かないという状況がある。本来この法律は武器輸出三原則の緩和とも結びつき、軍事技術開発に関連する情報流出を管理するというものであるが、法律にテロ対策など治安維持の条項を含めたためにかえって扱いが難しくなっているという問題を抱え込んだのである。

国内の超国家主義的、復古的イデオロギー政策については、安倍氏やその側近、与野党問わず保守派政治家たちの問題発言が報道されるたびに、国内外からの厳しい抗議にさらされ、そのたびに国民的支持を失いつつある。たしかにこの点では、安倍氏のイデオロギーに同調する層が国民のなかにかなりあることも事実であるが、アメリカの政府筋やマスコミが強く批判していることから日本のマスコミも取り上げざるをえない事態となり、むしろ政府はそうした批判に追い込まれているという側面が強い。

たしかに国政選挙は3年間ないが、安倍首相が超えねばならないハードルはいくつもあり、一つひとつが難題である。すでに普天間基地の辺野古移設に対する沖縄名護市長選挙での反対派の現職勝利で日米軍事同盟強化に強い抵抗が示され、各地域での原発再稼働反対の運動は引き続き強い力を持っている。

そこで意味を持ってくるのは、尖閣問題や竹島問題など、近隣諸国との領土問題である。これらの問題について中国や韓国の動静をメディアがつぶさに報道することが、国民の国益意識を刺激し、安倍政権の強硬な対応に対する支持と理解、さらには日米安保の有用性に対する意識をいやがうえでも引き出すことになる。領土問題こそ、安倍晋三の排外的な政治路線への理解を押し広げるカンフル剤なのである。

尖閣列島も竹島も日本の領有は国際法上は合法的かもしれないが、その島々が伝統的に平和理に共有されてきた事実や、日本の領有の歴史的経緯からして日本の「固有の領土」とする見解は正当とはいいがたいというべきであり、そうした意見は日本にも根強くある。しかし残念ながら日本側の尖閣諸島国有化などの経緯から、外向的平和的な話し合いがもたれてこなかった。こうした微妙な問題を利用して国威を煽り愛国心に訴えかけ、軍事的威信を取り戻そうと安倍氏はやっきになっており、これがある程度の力を得ていることも事実である。

アメリカはこうした事態に対して、むしろ中韓と日本の間に立って仲介者としての役割を演じることに居心地の良さを感じている。中国や韓国に対しては、日本の行きすぎをおさえ、日本に対しては、日米安保の強化を焚きつけて中韓に対峙するという選択肢を与えるというスタンスである。しかし日本の突出ぶりをアメリカが最終的におさえることができるかどうかは未知数な部分がある。中東でのイスラエルと根本的に違う要素は、日本が安倍氏に導かれて軍事的に火花を散らそうとする相手は中国であり、中国はパレスチナではないということである。ボリス・ゴドゥノフ的な不安定さを抱えた現代の世界で、紛争がどのような連鎖反応を起こすかは予想を超える。アメリカはこのことを留意すべきである。

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