“真の安全保障上の脅威とは何か 平和憲法の現代性と気候変動への対応” (世界 2015年12月)

世界12 気候変動

世界

 

2015年12月

 

 

真の安全保障上の脅威とは何か

平和憲法の現代性と気候変動への対応

エマニュエル パストリッチ

 

 

日本国憲法の空洞化とアメリカ

過去三〇年の間、アメリカ合衆国は、日本に対して軍事費

を増大し、地球規模で米軍を支援する役割を果たすよう促し

てきた。しかし、日本防衛への「ただ乗り」をやめろという、

ワシントンから東京への要求によってもたらされた、日本再

軍備への衝動は、結果として東アジアを大いに不安定化させ

ている。

日本の軍拡による不安定化は、安倍政権のもとでその勢い

を増している。中国や韓国などの国々は日本の軍国主義復活

を深く憂慮している。北朝鮮の核問題とともに、軍拡競争の

主たるリスク要因をここに見出すことができる。憲法九条に

象徴される日本の軍事的規制が全面的に解除されることにな

れば、アジアはもちろん、世界の不安定を増大させる要因と

なる可能性が高い。

日本の安倍政権は九条の解釈改憲を推し進め、安保法制を

転換させている。安倍政権は、日本とは直接かかわりのない

海外の紛争に「自衛隊」を派遣するための口実として集団的

自衛の行使容認を行ない、憲法を改正することなく九条の根

本的な解釈変更を進めている。その説明のために「積極的平

和主義」というわかりにくい用語を造っている。

東アジアで日本再軍備への深い不信感が続くなか、この地

域の緊張緩和と外交・軍事・経済分野における日韓の緊密な

パートナーシップを実現するため、アメリカが数々の外交的

努力にのり出している。だが、日本の平和憲法放棄を推進す

るにあたって大きな役割を果たしてきたのがアメリカ自身で

あるために、アメリカの取り組みにはそもそも説得力があま

りない。

いわゆるパシフィック・ピボット戦略(アジア太平洋重視戦略)

においてアメリカは、同盟国である日本と韓国の軍事能力増

強を奨励する結果として、日・韓・中の間の軍事競争を培って

いる。アメリカが外交の次元で日韓の間の緊張を緩和しよう

とするというのは飾り物にすぎない。このジ

レンマから抜け出す方法があるようには思えない。

だが、これはアメリカには関係のない問題であり得るだろ

うか? アメリカは、平和憲法から遠ざかるように日本に促

すよりもむしろ、九条の誕生と深いかかわりのある国として、

国際紛争を解決する手段としての武力による威嚇または武力

の行使を放棄する精神と論理を受け入れなければならないの

ではないか。そして、自らの憲法においてこのような改正を

行なうべきではないか。

 

実効性を増す日本国憲法の思想

日本国憲法は第二次世界大戦による破壊への深い反省から

生まれた。アメリカ側ではオールド・リベラリストたちが、

将来の破滅的な紛争を回避する手段として一九二八年に締結

された不戦条約の文言の一部を新憲法に盛り込むことを望ん

だ。同時に、一九四六年一一月に憲法が公布された時には、

広島・長崎の原爆使用による恐ろしい破壊が日米双方の心に

焼きついていた。

当時、将来の国際関係についての議論を牽引していた物理

学者のアルバート・アインシュタインは、この時、「原子力

の使用はあらゆることについての私たちの考え方を一変させ

ました。そして、これが私たちを未曾有の大惨事へと向かわ

せているのです」と論評した。

テクノロジーの進化が、戦争を、国際問題を解決する手段

としてもはや行使しえないほどに破壊的なものにしており、

新しいシステムが必要だとアインシュタインは主張した。彼

は日本の憲法起草に直接関与はしていないが、彼の著作と思

想は国連の設立に先立つ議論に大いに影響を与えた。

かろうじて、私たちはどうにかこの七〇年の間、核兵器の

さらなる使用を回避することができたが、アインシュタイン

の懸念は今日においてより重要なものである。技術はムーア

の法則として指摘されるように幾何学的な加速度で発展し、

そのため人類にとってより危険な技術が次々に開発され、コ

ンパクトな核兵器、無人爆撃機のような非人道的な兵器など

のコストは低下し、国家だけではなく武装グループや個人さ

えも、それを入手することが不可能でなくなる日も遠くない

だろう。このような兵器に軍事的に対抗することは難しい。

唯一の対抗策は、製作を全面的に禁じることしかない。

大規模な武器備蓄は、テロへの対応として、警察の行動と

比較してもあまり効果がないことは明らかである。イラク戦

争以来のアメリカの軍事作戦が、かえって周辺諸国とアメリ

カの安全と治安を害しているという認識にも間違いはない。

世界最大の軍事大国アメリカは、他のすべての国家の軍事

費の合計を上回る軍事費を支出している。しかし、アメリカ

は歳入減少のときを迎えている。

伝統的な形の軍事力の使用が従来の安全保障上の懸念を解

決するのに効果がないことが証明され、イラク、アフガニス

タン、リビア、シリアへの武力行使は比類のない惨禍を生み

出した。問題は軍事戦略が間違っている、ということではな

く、グローバル化し、相互につながりあったこの世界にあっ

て、紛争を軍事作戦という手段によって解決するのは不可能

だということだ。この状況のもとで、日本国憲法の思想は実

効性を増している。

アメリカが平和憲法を採用することによって、世界中で緊

張は減少するだけでなく、さらに根本的な問題であるアメリ

カの経済システムの中心的な歪みに対処することで、世界経済

を変えることもできる。すなわち、経済活動を発生させる手

段としての軍事の使用のことである。

私たちは今、根本的に優先順位をあらため、気候変動への

対応をすべての経済および安全保障計画における主要な関心

事とする必要がある。そうしなければ、人類は大量絶滅とい

うリスクに直面する。

私たちが存続していくためには、次の認識を共有すること

は必要である。すなわち、個人や団体による誤った暴力への

効果的な対応は警察力と司法によるものであるということ。

そして、これまで軍備などに用いられてきたものも含めて、

その他のすべての資源を気候変動の緩和とこれへの適応に捧

げなければならないということだ。将来起きるかもしれない

紛争の可能性のために巨大な空母や新型兵器を製造し、膨大

なエネルギーを用いてそれらを維持していくような贅沢は、

もはや私たちには無意味なことなのだ。その点で、日本の憲

法九条は素朴な平和主義ではない。現在の国際社会の現実に

則した現実的な選択肢なのである。

ちょうど六〇年前、バートランド・ラッセル博士とアルバ

ート・アインシュタイン博士をはじめとした指導的知識人た

ちが、共産主義陣営と反共産主義陣営による世界戦争へと向

かう歩みを非難する宣言を作成し、これに署名するためにロ

ンドンに集まった。この宣言の署名者の中にはノーベル賞受

賞者の湯川秀樹とライナス・ポーリングも含まれていた。

彼らは当時、アメリカとソ連を席巻していた核兵器使用に

ついての無謀な議論、そして戦争へと向かって突き進むこと

が全人類の脅威であると主張することを躊躇しなかった。そ

して、宣言の中に技術の進歩、すなわち原子爆弾の開発が人

類の歴史を変えたと記したのである。

「ここに私たちが皆に提出する問題、きびしく、恐ろしく、

おそらく、そして避けることのできない問題がある――私た

ちは人類に絶滅をもたらすか、それとも人類が戦争を放棄す

るか?」

最近の動きをみれば、それよりも危ない政治情勢にもなっ

ている。いまこそ行動する時である。

アメリカが平和憲法を採用するということは、現実的な課

題であり、ノーム・チョムスキー博士の言う「覇権と生存の

選択肢(hegemony or survival)」である。

 

早期に議論の転換を

今後二〇年の間に、人類の活動を気候変動に焦点をあてた

ものに変えていく必要についての諸合意があるであろう。し

かし、私たちがそこにたどり着くまでの合意プロセスの進行

が遅すぎるならば、悲劇的な事態は避けられない。

気候変動こそ、最大の安全保障上の脅威である。私たちは

今、存続のためには、安全保障のためのきわめて合理的なア

プローチを推進するよりほかない。アメリカが平和憲法の価

値を認めることは、その一歩となろう。

最大の障害は、経済的かつ政治的にパワーを持つ軍需産業

の存在である。特にアメリカではその傾向が深刻であるが、

日本などの国々ではそのアメリカの影響が大きい。

アメリカ経済の歪みは深刻であり、国際的なアメリカの軍

事的関与は逆効果をもたらしている。

現在のシステムを受け入れている人びとに対し、気候変動

の脅威が、選択の余地がないほど大きい問題であることを

説得力をもって主張する必要がある。既存の政治的対立を超

えて議論を進めていく必要がある。

大きくなりすぎた軍隊は軍自身にとっても恐ろしい脅威で

あり、少なくない兵士や将校が、自分たちが制御不能の怪物

のような状況に置かれていると感じている。軍内部には、気

候変動が最も重要な安全保障上の脅威であることを認識して

いる専門家も少なくない。そうした専門家を交えて、国家が

重大な危機状態に達した時に採用されるべき軍の機能と構造

の根本的な変更への提案を検討する必要があろう(軍からす

べての資金を取り上げ、これを別の機関に与えることは、と

りわけアメリカにおいては政治的次元では非現実的である)。

そして同時に、そのような転換を実行することができない人

びとに対して有効な議論をしていく必要がある。

たとえば、私たちは、将校たちが精通している専門用語

と論理を使って、今アメリカ国防省が公表している四年毎の

国防計画の見直し(Quadrennial Defense Review)への代案

を提示し、具体的に軍事予算をどのように気候変動に対する

対応と予防に使うのかを詳細に検討するべきだ。

そこでは軍隊の旧来の伝統的な存在様式についても根本的

に再検討がなされなければならない。気候変動への対応が最

優先の課題であることを考えれば、海軍が持つべきは巨大な

空母や艦載機ではなく、最新鋭の海洋調査船である。気候変

動の海洋生態系への影響がどのようなものであるか、その知

的空白の部分は、アメリカの海軍が用いている膨大な資金と

エネルギーとをそれに振り向ければ、速やかに埋められてい

くであろう。

こうした提案が、まさに安全保障問題についての議論であ

ることを、旧来の枠組みにもとづく議論に慣れた人々にも納

得してもらわなければならない。

 

軍の真の役割

平和憲法は私たちに軍の役割について深く考え直すよう要

求する。それは個人や小さなグループによって成し得るもの

ではないが、むしろそれは結果ではなく、プロセスでなくて

はならない。気候変動が最大の危機であることが常識になる

までに多くの努力が必要である。人類の生存の脅威に焦点を

あてた、地球規模の軍事システムの新たなビジョンを示すた

めの創造性が必要である。

軍隊の存在する目的を、人びとを殺害することだけに限定

することはない。軍は、人々の利益のために自分を犠牲にす

る献身的な個人の規律化された集団である。重要なことは、

何を目的として献身するのか、という点である。

気候変動への対応には、まさにそのような献身的でパワー

のある集団を必要とする。

一九五五年四月一八日に死去する数日前、アルバート・ア

インシュタインは哲学者のバートランド・ラッセルとともに、

「ラッセル-アインシュタイン宣言」として知られるようにな

った文書に署名した。六〇周年を迎えたこの注目すべき文書

には、単純な平和主義は説かれていない。その内容は、安全

保障問題の原因究明に専念するあらゆる思慮深い軍人にも

完全に理解できるものである。

この宣言には今日においてもなお当時と変わらない重要性

をもつ、以下のようなメッセージがある。

 

私たちの前には、もし私たちがそれを選ぶならば、幸福と

知識の絶えまない進歩がある。私たちの争いを忘れることが

できぬからといって、そのかわりに、私たちは死を選ぶので

あろうか? 私たちは、人類として、人類に向かって訴える

――あなたがたの人間性を心に止め、そしてその他のことを

忘れよ、と。もしそれができるならば、道は新しい楽園へむ

かってひらけている。もしできないならば、あなたがたのま

えには全面的な死の危険が横たわっている。

 

これをもって、アメリカの平和憲法、そして新たな文明の

到来を告げるための出発点としようではないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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