“ハーバード大・伝説の学長ヘンリー・ロソフスキーに聞く 名門大の秘密とアジアの大学の未来” (ハフィントンポスト 2016年 5月 5日)

ハフィントンポスト

“ハーバード大・伝説の学長ヘンリー・ロソフスキーに聞く 名門大の秘密とアジアの大学の未来”

2016年 5月 5日

エマニュエルパストリッチ

 

 

ヘンリー・ロソフスキーは、東アジア経済史の専門家でありハーバード大学の行政家。ハーバード大学で経済学教授、経済学部長を務めた後、1973年から1984年と1990年から1991年にハーバード大学人文科学部の学長を務めた。1984年と1987年にはハーバード大学総長代理を務め、教職員としては1世紀ぶりに、学長退任後1997年までハーバード大学委員会委員を務めた。

ロソフスキーはハーバード大学の敏腕行政家として知られ、10年にわたりハーバード大学の方向性を決める中心的役割を果たした。彼の大学運営についての著書「大学人マニュアル」は数ヵ国語に翻訳されている。

◇            ◇

エマニュエル・パストリッチ(以下、パストリッチ)

ハーバード大学は、第二次世界大戦以降、世界的に重要な役割を引き受けてきました。ハーバード大学が長い間実力のある教育機関として認められてきたのは事実ですが、1900年代、いや1930年代までも、イギリス、ドイツ、フランスの有名大学と同じレベルにあると考えている人はいませんでした。ハーバードを今の地位に押し上げたのは、正確には何でしょうか?

ヘンリー・ロソフスキー(以下、ロソフスキー)

優れた大学を作ることは簡単ではありません。ただし強調したいことが一つあります。世界クラスの大学になるために長い時間が必要だということです。何世代もかかることなのです。ハーバード大学の場合、設立後300年が過ぎた1936年には既に世界クラスの教育機関との評判を得ていましたが、その評判は今ほど高くませんでした。ではその後、1930年代から現在までに何が起こったのでしょうか?

米国は第2次世界大戦後、経済的により大きな力を持つようになり、世界中から優秀な教授らを呼び寄せました。しかし、これよりも重要なのは、1933年から1953年までハーバード大学総長を務めたジェームズ・ブライアン・コナント(James Bryant Conant)が始めた改革でした。

パストリッチ

コナントが総長としてハーバードを変革させるためにとった措置は、具体的にどのようなものでしたか?

ロソフスキー

コナントは1933年にハーバード大学の総長になりました。彼は多様性を重視しエリート層の排他性を弱めた生徒会を奨励しました。ハーバードは、コナントの任期序盤に初めて女性の大学院入学を許可することもしたんです。

しかし、彼の最大の成果は、1930年代末から1940年代初めまで施行された「アップ・オア・アウト(up or out)」政策でした。研究の基準をより厳格に設定し、8年間の仮採用期間が満了した時に基準を満たしていない教授らの契約を終了させるのです。

その時まで、ハーバードには何もしないまま一生学校に残っている教員が多くいました。もちろん、優れた教授たちもいましたが、教授の発展を奨励する圧力が全くなかったのです。 「アップ・オア・アウト」は、かつての気まぐれな措置ではありませんでした。

ハーバードは、あの有名な「アドホックシステム(ad hoc system)」も新たに導入しました。昇進する教授がいる場合は、彼が所属する分野の専門家グループにその学者のランクに対する意見を問う制度です。この措置によって内私的関係ではなく、該当分野の学界の意見が教授に昇進の決定要因となりました。

私が先ほどから教員について集中して話していることを感じておられるでしょう。それは私が教授、学者、行政家としての経験をもとに、教員の質が大学の質を決定するという確信を持つようになったからです。その他の部分は、すべて教授の質から来ています。教授陣が素晴らしければ良い学生を呼び寄せ、卒業生は、大学のための資金を集めるでしょう。

もうひとつ大事なことがあります。空席がある場合、その分野に最も適任な人を選ぶための努力を惜しまないことです。

第二次世界大戦後、ハーバードは、各分野に適任者を見つけるために、世界中を駆け回り、教授採用の決定が個人的な感情や好みに左右されないように友人や知人を任用することを禁止しました。私が学長だった間も、そのような文化を身に染みて感じることができました。教授の空席が出れば、私たちは、世界のどこにいようとも最も適切な人を探して、その人がハーバードに来るように、できる限りのすべての方法で説得しました。

パストリッチ

中国、韓国、日本の有名大学の場合、研究のレベルが大幅に改善され、英語教育を発展させるために多くの努力をしています。しかし、数億ドルを投資したのに、これらの大学はまだハーバードのレベルに達していないと思われます。ハーバード大学のような地位に上がるための東アジアの大学の努力をどのようにご覧になっていますか。

ロソフスキー

東アジアの大学が望む地位に到達していないのには、いくつかの理由があります。

まず現代の東アジアは、孔子から始まったのではないことを必ず覚えておく必要があります。実は、東アジアの現代教育の経験は比較的短く、その点を考慮すれば、多くの大学が良い成果を出していると見ることもできます。しかし、アジアの大学には解決すべき問題が多いです。問題をここで私がまた言及する必要はないでしょうが、見落とされがちな2つの要因だけは指摘しておきます。

まず、大学のインフラに投資したり有名な教授を連れて来るためにお金を使うよりも、大学の成功のためにより重要なのは、まさにすべての面における学術的自由です。教員は、彼らが情熱を持った分野を研究する必要があります。大学内ではもちろんのこと、社会でも、自分たちの意見を自由に表現することができなければなりません。

優れた大学を作るための重要なもう一つは参加的経営です。教員は、大学を運営して優先事項を決定する過程に直接参加する必要があります。アジアの大学では、参加的経営がほとんど見られません。教員がいくら優れた才能を持っていても経営に参加することができないのです。

経営の一線に立つのは、文部科学省や財団です。文部科学省も財団も、教育や研究についてはあまり詳しく知りません。私は15年前、ソウル大学評価委員会の議長を務めながら参加的経営に関する多くの問題を目の当たりにしました。日本でも同様の問題が見られます。教育関連省庁は、一歩退いて、教員に呼吸する余地を与えるべきです。

パストリッチ

韓国の大学は、文部科学省の指揮をベースに総長が下す指示によって動く構造です。昇進するためには、一定の要件を満たしている必要があり、それに対する評価は、当該分野を全く知らない人々によって行われます。彼らの中で教授経験がある人はほとんどいません。

ロソフスキー

「客観的評価基準」がますます多くの大学で使用されており、こうした基準が東アジアを越えて世界中に広く普及していることは問題です。米国の大学が大成功を収め、またそのような成功がハーバードに限ったものではない理由を理解するには、管理方式に関する疑問を再考しなくてはなりません。教授が文部科学省や財団など他の利害関係者と力を合わせて共同で大学を運営していくのが米国特有の大学管理方式です。このような方式は、講壇に立った経験もない政府官僚が大学の政策と方向を左右する方式とは対極的です。

取締役らと学長、そして他のベテラン教授が大学運営に強力な意思決定権を持っていると同時に開かれた心で変化を受け入れることができ、参加が保障された議論の文化を維持すること、それこそアメリカの大学が持っている強みだと思います。常にそうではありませんが、最も偉大な進歩は、このような参加型経営が大学関係者の間で適切に共有されたとき行われるものです。

パストリッチ

さて「順位付け」騒動について少しお話を伺います。中国と日本と韓国の多くの大学は、大きな可能性を持っています。ところが、その大学学長たちは自分の大学のランクに病的に執着しています。さらに、教育について何も知らない政府官僚がまるで「ダウ・ジョーンズ指数(Dow Jones Averages)」でも見るように大学のランキングを重視しています。

私はそのような近視眼的な考え方によって多くの弊害が生じるのを見てきました。この問題に対してどうお考えでしょうか?

ロソフスキー

大学ランキングというのは、ナスダック指数のような指数と似たようなものです。私はハーバード大学やスタンフォード、ミシガンのような大学を、指数でどのように表せるというのか理解ができません。とんでもない話ですよ。

上位15位以内の順位に入る大学に、全くそれだけの価値がないということはありません。しかし、順位2位と8位の大学に一体どういった意味ある差があるのでしょうか。総合大学を作ってきた行政家として、私はそのような順位を付けるアイデア自体が不快に感じられます。すべての大学がそれぞれ優れた大学を目指さなければならないのであって、何かのリストに載ることを目指すべきではないでしょう。

学者たちは、単に発表した論文や取得した特許数だけでは測定できない大学の質というものについて、それなりにかなりの知見を持っています。しかし、統計数値をもとにリストなどを作成する部外者が、一体優れた大学とは何なのかどれだけ知っているでしょうか。自分の大学のランキングが176位から201位に落ちたため解雇され自殺までした学長もいると聞きます。私が考えるには本当にとんでもないことです。

パストリッチ

ある点では、教育のための全体的な社会の関心を高めることが、大学の予算を増やすことよりもはるかに重大な問題です。そして、教授らを支援する予算を増やし、大学のコースの数を増やすことが体育施設や新しい建物を建てるよりもはるかに重要です。

ロソフスキー

教員らは、自分たちが何を発展させるべきかよく知っていますが、実現するには権限を握っている教育行政家との協力が必要です。すべてを指数という観点から見るのは、本当にとんでもないことです。

パストリッチ

中国と韓国、そして日本の大学では、英語が第一言語ではありませんが、英語で発表した論文や英語で教えるコースを基に評価されています。例えば、韓国のカイスト(KAIST)では、最近カリキュラム全体を英語で構成し、すべての教授たちに英語の講義をさせました。学生と教授の反応は全く良くありませんでした。また多くの大学が英語論文などをもとに教授を評価し始めました。しかも韓国文学の教授たちをもです。私はそのような方針で教授らの質が高くなったとは考えていません。

ロソフスキー

国際的な大学で英語がどの程度使われるべきかは、私にもとても馴染み深い問題です。私はこのような傾向にひどい困惑を感じます。どれが正しい答えなのかは私もよく分かりません。とにかく英語が学界の万国共通語になったことは異論の余地がないでしょう。しかし、米国と英国、オーストラリアおよび他のいくつかの国を除いた残りの国の人々には明らかに巨大なハンディキャップです。それでも私たちは彼らに英語で講義をして、英語で論文を書くように要求しています。

私が見るに、分野に応じて状況は異なるようです。数学の分野であれば、英語力はそれほど大きな問題にはならないでしょう。しかし、人文科学や社会学の分野であれば、英語を使わなければならないのがハンディキャップであることは言うまでもないでしょう。

すべての学者が英語で講義をしなければなら、その国の文化にとって非常に深刻なリスクとなる可能性があります。例えば、韓国と日本、中国および中東地域の高度に発達した古代文化を研究する学者たちにひたすら英語のみの研究をするよう強要するなら、それが文化と学術の活力にどういった影響を及ぼすでしょうか。私もまだ答えを見つけてられていませんが、この問題はいつも私の頭にあります。

パストリッチ

最後に、アジアの大学が世界レベルの学術的伝統を作るためにどうすべきか、まとめて頂けるでしょうか。

ロソフスキー

私もまだアジア諸国がどのようにすれば、単純な西欧モデルの模倣にとどまらない独自の人文学の伝統を作れるのかという疑問に対する具体的な答えを持っていません。この疑問はあまりにも重要なものであり、従ってその答えは、アジアの大学自身から出なければなりません。

単に米国や他の西欧諸国がしていることをそのまま真似するのは解決策ではありません。アジア人が自分の国の文化や歴史文学に深い知識を持っている必要があります。単に西欧の教育方法について知っていることだけでは足りません。

最後に、大学入学の過程についても考えてみなくてはなりません。東アジアでは、統一試験をもとに学生を評価する場合が多いです。アメリカの一流大学はそのような方法をとらないのですが、それには理由があるからです。異なる知力、芸術表現力、経済状況、社会的背景、人種、地域性、これらすべての要素を考慮してバランスの取れたクラスを構成するなど、より細やかな入学手続きが必要なのです。

アジアの大学は、様々な基準を使用して、学生を選抜する必要があり、非生産的な「試験地獄」から脱しなくてはならないでしょう。

私には、大学入試を控えている孫娘が一人います。私はその子にこう言います。

「どの大学を行くのかするのは実はそれほど重要なことじゃないよ。それがお前の人生のすべてを決定するわけじゃないよ。」

すると孫娘は私を見て、にこりと笑ってこう言います。

「うん。わかってるよ、おじいちゃん。」

しかし、孫娘が私を信じていないことを私は知っています。アジアの「大学熱」が徐々に米国にも定着してきているからです。世界中の一流大学にも、このような病的な執着が自己顕示的な現象になっていくようで恐ろしいです。

 

 

 

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