「エ マ ニ ュ エ ル ・ パ ス ト リ ッ チ さ ん   民 間 シ ン ク タ ン ク 所 長   米 国 と 東 ア ジ ア を つ な げ る 」Daily NNA (共同通信グループ)

Daily NNA (共同通信グループ)

アジアで会う

2019年 7月 22日

エ マ ニ ュ エ ル パ ス ト リ ッ チ さ ん   民 間 シ ン ク タ ン ク 所 長   米 と 東 ア ジ ア を つ な げ る

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えまにゅえる・ぱすとりっち 1964 年米国テネシー 州生まれ。民間シンクタンク、アジアインスティテュ ート所長。東京大学で修士号、ハーバード大学で博士 号をそれぞれ取得。専門は東アジアの古典文学など。 韓国在住 12 年。著書に「韓国人だけが知らない別の大 韓民国:ハーバード大学の博士が見た韓国の可能性)」 (21 世紀ブックス)などがある。このほど、初の日本語 書籍となる 「武器よさらば:地球温暖化の危機と憲法 九条」(東方出版社)を上梓した。

日本語と韓国語、中国語に堪能なパストリッチさん。南部ナ ッシュビルで生まれ、中部ミズーリ州セントルイスで幼少を過 ごした。中学卒業後、サンフランシスコにある高校に通った。 そこでのアジア系学生との出会いがパストリッチさんの人生を 方向付けた。 中国文学を専攻したイエール時代  83年に入学したイエール大学では中国文学を専攻。明・清時 代に書かれた「水滸伝」「三国志演義」などの白話小説の勉強 に打ち込んだ。  

日本語は4年生になって本格的に学習始めたという。「アジ アの2言語をマスターすれば、将来活躍できる場が一層広がる と思った」と同時を振り返る。ところが「本業」の中国語より も相性が良かったのか、卒業後、日本留学を決意。東京大学の 修士課程に進み、江戸時代後期の南画家として知られる田能村 竹田などが書いた漢詩や漢文を研究した。  

修士取得後は東大博士課程に進むも、「母国で活躍したい」 と米ハーバード大学の博士課程に方向転換。98年に博士号取得。 イリノイ大学で日本文学の助教授として教鞭を執り始めた。

大使館で  

パストリッチさんは05年、ジョージワシントン大学で教授の 職を得る。大学で教鞭を執る傍ら、近くにある在米韓国大使館 で韓国の外交官や学者、記者を相手に米国政治に関してブリー フィングする仕事も始めた。当時、韓国は盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権で、ブッシュ政権との関係は決して良好とは言えない 状況だった。ワシントンにはアジアの専門家と呼べる人材が少 ない。ハーバード時代に1年間、ソウル大学に留学した経験が 買われた。  

韓国大使館では、政治経済や社会などを学ぶゼミ「Koru s House」も月2~3回のペースで主催した。大学での 仕事よりも魅力を感じたのか、パストリッチさんは、水を得た 魚のように活動した。しかし、活動場所は韓国大使館内だった ため、次第に限界を感じるようになる。  そこでパストリッチさんの人生に転機が訪れる。知人を通じ て出会った李完九(イ・ワング)忠清南道知事(当時)から補 佐官として招請を受けたのだ。パストリッチさんは悩んだ末、 「大使館での仕事より面白そう」と韓国行きを決意。ジョージ タウン大学を辞し、07年から南部大田市で生活を始めた。

アジアインスティテュート設立  大田市は韓国を代表する科学技術都市。パストリッチさんは、 名門韓国科学技術院(KAIST)などさまざまな研究機関で 行われる共同研究といった各種プロジェクトに参加。筑波大学 の研究機関にも訪問したという。環境問題に目覚めたのもその 頃だ。知事を補佐する傍ら、「Korus House」を発 展させる形で、民間シンクタンク、アジアインスティテュート を設立。自ら所長に就任した。自由な発言の空間を得たパスト リッチさんはこれまで、米政治学者フランシス・フクヤマ氏や ジョセフ・ナイ氏など世界の碩学たちと対話を重ねてきた。  

2011年からソウル市に活動の拠点を移し、慶熙大学で教鞭を執 り始める。執筆活動にも力が入った。これまで韓国語で5冊の 本を上梓。うち3冊がベストセラー。中でも、「韓国人だけが 知らない別の大韓民国」は朴槿恵(パク・クネ)元大統領が高 く評価し、講演やテレビ出演も多くこなした。  今年7月には、待望の日本語書籍「武器よさらば:地球温暖 化の危機と憲法九条」を上梓した。

ニュースサイト「ハフィン トンポスト」に寄稿した文章などをまとめた上で加筆したもの で、これまでの執筆活動の集大成という位置付けだ。パストリ ッチさんは本の中で、今後の日本の安全保障について「環境問 題の解決なしにあり得ない」と指摘。大田市時代に日本の科学 技術力を知った経験を基に、「日本は『新安全保障』でイニシ アチブを取る能力と資格が十分にある」と訴える。

東アジアと米国をつなげる  パストリッチさんは来月、12年間の韓国生活を整理し、母国 に戻る予定だ。拠点は政治の中心ワシントン。「韓国と米国だ けでなく、東アジア全体と米国をつなげる役割を果たしたかっ た」と話す。その基盤となるのがアジアインスティテュートだ。 ワシントンとソウルの他に、日本にも法人を設立。ベトナム・ ハノイにはオフィスを開設した。  

「米国では海外生活を通じて大きく成長した姿を見せたい」 と話すパストリッチさん。活動の舞台は整った。アジアインス ティテュートを世界的なシンクタンクとして育成すべく、一歩 を大きく踏み出そうとしている。

(韓国版編集部・坂部哲生)

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