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フランシス・フクヤマ教授 インタービュー (ハフィントンポスト2015年 10月 30日)

  ハフィントンポスト フランシス・フクヤマ教授 インタービュー: “アメリカが恐れる、中国成長の最悪のシナリオは” 2015年 10月 30日   *編注 『歴史の終わり』『政治の起源』などの著作で世界的に知られる、アメリカを代表する政治学者フランシス・フクヤマ教授。 日系二世の父と日系三世の母を持ち、東アジアの国際関係について深い知見を持つ氏に、アジアインスティチュート所長のエマニュエル・パストリッチ氏が米中関係を中心に話を聞いた。   ◇            ◇   パストリッチ まず、最初に伺います。現在の東アジア情勢を理解するためには、どうして東アジアが世界経済の中心になって、また、世界政治において大きな役割を担っているか、ということを、まず、理解しなければならないかと思います。このような巨視的な変化について、どのようにお考えですか。   フクヤマ そうですね。経済的な領域と政治的な領域は、分けて説明しなければならないかと思います。明らかな一番の大きな変化は、経済の部分から感じられます。これは文化大革命以降、中国の工業化とアジアの四頭の龍、即ち、韓国・シンガポール・台湾・香港の発展から確認できます。しかし、政治権力の観点からの変化は、経済変化よりもとてもゆっくりな速度で進んでいます。 全体的に、アジアはグローバルシステムとグローバルガバナンスが指向する方向に対してルールを確立していく上では、自身の能力をろくに発揮できずにいます。これは、ジョセフ・ナイが「ソフトパワー」*1だと言及した部分です。国家がアイディアとコンセプトを企画して、影響力のある制度を構築し、実行する能力です。アイディアの段階で遅れが生じることは、政治権力の部分で遅れが生じることよりもより深刻です。 アジアの「浮上」について話をしようと思えば、この浮上がどのような内容を包括しているのかを明確にしなければなりません。「東アジア経済の発展はどうしてここまで成功しているのか」という具体的な質問になら、明確に経済的な発展に基づく「浮上」を説明することができるでしょう。しかし、この「浮上」という単語が権力や影響力の成長という全ての面を包括することはできません。ただ、中国が近い未来、国際情勢における自国の影響力を増加させるであろうことは確実でしょう。 強制力を動員せず、自分が望むものを他人も望むようにするパワー。国際政治において、自国の同盟国を他の競争者に奪われず、持続的に自分の味方にするための方法として、生じたものである。

「ラッセル-アインシュタイン宣言60周年にあたっての呼びかけ」 (ハフィントンポスト 2015年 7月 9日)

ハフィントンポスト   「ラッセル-アインシュタイン宣言60周年にあたっての呼びかけ」 2015年 7月 9日 エマニュエル・パストリッチ       ちょうど60年前、バートランド·ラッセルとアルバート·アインシュタインをはじめとした指導的知識人たちが共産主義陣営と反共産主義陣営による世界戦争へと向かう歩みを非難する宣言を作成し、これに署名するためにロンドンに集まった。この宣言の署名者の中にはノーベル賞受賞者の湯川秀樹とライナス・ポーリングも含まれていた。 彼らは当時、アメリカとソ連を席巻していた核兵器使用についての無謀な議論、そして戦争へとむかって突き進むことが全人類の脅威であるとすることに躊躇しなかった。そして、宣言に技術の進歩、すなわち原子爆弾の開発が人類の歴史を変えたと記したのである。 「ここに私たちが皆に提出する問題、きびしく、恐ろしく、おそらく、そして避けることのできない問題がある――私たちは人類に絶滅をもたらすか、それとも人類が戦争を放棄するか?」 ラッセル – アインシュタイン宣言は、当時、米国が向かっていた危険な方向に対して真摯な再考を迫り、1968年の核拡散防止条約の締結と1970年代の軍縮交渉へとつづく安保概念の変化の出発点となった。 しかし、その成果によって、今日の私たちは安らぎを得てはいない。米国は核拡散防止条約の義務を完全に忘却していて、「軍縮」という言葉は、安保対話から消えた。昨年、米国はウクライナの問題と関連して、ロシアとの核戦争の危険を云々するほど対立を深めた。 その結果、今年の6月16日、ロシアは過去2年間、米国が核兵器の性能を向上させたことに対する対応として、40個の新しい大陸間弾道ミサイルを追加すると公表した。

アジアインスティチュートとは

  アジアインスティチュート  アジアインスティチュートは、アジアに集中している世界レベルの問題を扱う初めての汎アジアシンクタンクである。全世界にわたる関心事を包括し、適切な観点を示すべく専念する。技術、国際関係、経済、環境分野にいたるまで、多用な討論が可能な客観的な場を提供する。 昨今、アジアは貿易、技術、財政面において著しい速度で統合されている。アジアが知的、技術的、財政的な面において世界のハブとなるといえども、物流、エネルギー、財政的な面でアジア統合及び文化的、知的連携の遅れが発生している。このような変化に対してアジア人の間で真の討論が十分になされていないのが現実である。国境を越えて全ての利害当事者が参加した上で、アジアの流れについて分析し、討論を交すことが切実に必要な状況である。アジアインスティチュートは技術が我々社会に及ぼす影響、環境、青少年及び女性の問題、教育、コミュニケーション、そして個人事業が国際関係にもたらす影響について集中することに決定した。これら全ての問題点がアジアの未来のためには重要であり、慎重な分析と討論が行われるに値すると見込まれる。アジアインスティチュートは企業、政府機関、学界において貢献度の高いリーダーへの信頼を基に問題点について討論し、解決策を講究するために知識及び資源をとりまとめる中立の場を提供する一方で、アジアのあらゆる事柄について関与していく。 アジアインスティチュートは中国、日本、韓国、南アジア、中東、中央アジア、東南アジア、その他の国家間における協力及び論議が円滑に行われるための新たな機会を模索しつつ、アジア全体をまとめ有意義な協力関係が保たれるよう貢献する。アジアインスティチュートは生態学的に持続可能な統合及び安定したアジアの新たなビジョンを示していくが、収益事業として利用されることはない。

“外国人の目に映った「統一大チャンス」” ( 中央日報 2014年 3月 4日)

 中央日報 “外国人の目に映った「統一大チャンス」” 2014年 3月 4日   エマニュエル・パストリッチ 最近、韓国人の間では「統一大チャンス」が話題だ。しかし外国人はこうした大きなチャンスがどこにあるのかよく知らないようだ。もちろん韓半島(朝鮮半島)の統一は新しい国を建設するという意味で、国際社会と青少年の関心と情熱を呼び起こす可能性がある。統一を成功させるためには、国内と海外の積極的な参加と情熱も必要だ。 しかし南北統一に対する見方からもう一度考え直してほしい。南北統一は韓半島という範疇を越え、世界の未来、国際地政学的にも非常に大きな革新だ。もちろん北朝鮮に埋蔵されている石炭・希土類の地下資源など、統一すれば手に握る利益もある。しかしどのように資源を利用するかによって、必ずしも経済にプラスの影響を及ぼすとは断言できない。 高度に訓練された低コストの北朝鮮労働力を話す人も多い。これは中国や他国との競争を考えれば重要なポイントだ。しかしこれも暫定的な推定にすぎない。むしろ最終的には統一韓国の労働コストが下方平準化される公算が大きい。低コストの北朝鮮の労働力が統一韓国にプラスになるという予測は、長期的には政治的な判断ミスとなる可能性もある。何よりも上で挙げた長所は、韓半島の統一に向けた国際社会の協力を引き出すには力不足だ。 むしろ韓半島統一の重要性は前世紀に我々が一度も目撃したことがない大規模な実験というところにある。新しく国家を建設し、途方もない革新が伴うからだ。多くの人がドイツ統一と比べて韓半島統一の条件ははるかに劣悪だと考えている。これは逆に、韓半島統一が引き起こす変化の深さがドイツ統一とは比較にならないほど甚大であることを意味する。 統一すれば韓国政府が極度に貧しい北朝鮮の数百万人の住民の生活を抱え込むという懸念もある。しかしこれは統一という挑戦に臨む正しい応戦態勢ではない。最近ソウルで開かれたアジアインスティチュートのセミナーで、国際関係専門家のジョン・フェファー氏はこのように強調した。「韓半島統一は富国と低開発国を一つの国として統合する歴史的なものとなるだろう。もし統一韓国が文化・社会領域での改革を通じて成功的な解決策を提示すれば、これは世界のための一つのモデルになるだろう」。

日本語 著書

エマニュエル パストリッチ 著書

”甦る超国家主義の亡霊 イスラエル化する日本” 

甦る超国家主義の亡霊  イスラエル化する日本  本田浩邦 研究員  アジアインスティチュート ヨーロッパ諸国にとって第一次世界大戦の悲惨な経験はきわめて大きな衝撃であり、諸国民の軍事に対する観念を根底から覆し、戦争への強い忌避意識を生みだした。ヨーロッパは、1920年代以降、再び戦争が起こることのないようさまざまな国際条約の締結を模索し、30年代にナチスが台頭したときでさえ武器を手にすることを躊躇した。再び総力戦としてたたかわれた第二次世界大戦を経て、ドイツは近隣諸国よりも平和的となった。戦後ヨーロッパ諸国は、冷戦下でのソビエトの侵攻に備えるためにアメリカの保護を求め再軍備を余儀なくされたが、域内においては確定した国境を厳格に守り、ふたたび互いに争うことはなかった。二つの戦争によって軍事対立の世界史的経路は確実に変化し、「万人による万人に対する闘争」はリバイアサンの出現によってではなく、諸国民の自制心によって回避されるという新しい時代が開かれたのである。 ロンドン大学の戦史研究者マイケル・ハワードは、1945年をそれまでの長い戦争の歴史と区分するメルクマールとし、ヨーロッパは「もはや戦争を、人類の避けがたい運命であるどころか、重大な『政争の具』だとも見なさなくなった」と記している。しかし、ハワードは、「かつてそれらの植民地であった地域のすべてについては同じことが言えそうにない」と注意深く書き添えている。むしろ軍事的対立は平和を維持したヨーロッパを去り、パレスチナや中東、アフリカ、朝鮮半島、インドシナ半島など周辺へと移動し猛威をふるった(Michael Howard, War in European History, Oxford Press, 2009.『ヨーロッパ史における戦争』奥村房夫、奥村大作共訳、中公文庫、2010年)。 では戦争抑止の構造は大戦で1000万人ともいわれる被害を出したアジアについてはどうであったか。アジアでの戦争の被害は大きく、人々のあいだの記憶は拭い去りがたいものであった。大戦後、日本は憲法で自衛権を制約した。韓国の軍事体制ももっぱら北朝鮮との紛争に備える防御的なものであった。中国は長らく国際社会から排除され、同国のベトナム戦争や台湾に対する関与もあくまで間接的あるいは直接的な自己保存を目的としたものであり、日本や極東の米軍に対して軍事的な対決姿勢をエスカレートさせることはなかった。したがって、事実から見れば、戦後のアジアにおいても、ヨーロッパの域内平和と同様の論理がある程度働いたものと解釈することができる。戦争の再発を抑止したいという意識は冷戦の複雑な過程をつうじてかたちのない制度としてアジアを規制し続けてきたといってよいであろう。

日本の奇妙な政治状況――安倍政権の危険な野望 (本田浩邦研究員 アジアインスティチュート) 

  「日本の奇妙な政治状況――安倍政権の危険な野望」 本田浩邦 研究員  アジアインスティチュート   ロシアの動乱時代を描いたプーシキンの戯曲『ボリス・ゴドゥノフ』は、為政者が何度変わってもいっこうによくならない帝政下の政治の現実を描きだし、虚無と沈黙という民衆の消極的な憤激のなかにその政治システム全体を覆す原動力を見出した作品である。16世紀末から 17世紀初頭の帝政ロシア政治の不毛は、現在の閉塞状況と政治不信の蔓延と重なる。現在では、むしろ民主的な代表制があるにもかかわらず、状況を変革できないでいることが、政治的主体であるべき一般国民の無力感といらだちを募らせ、政治的アパシー(無関心)を生んでいる。ブッシュやオバマのアメリカ、アラブの春ののちの中東、世襲政治家だらけのアジアなど世界のいたるところでそうである。今や世界はボリス・ゴドゥノフ的なもので満たされている。 日本でも、本来ならば、2012年暮れの衆院選と昨年夏の参院選で脱原発、護憲をめざし、消費税増税やTPPに反対する国会ができてしかるべきであった。しかし実際は、政治的不信は奇妙な政治的経路を辿って、それとは真逆の、安倍晋三という超国家主義的イデオロギーむき出しの政治家が大手を振って闊歩する状況ができてしまった。    イスラエル化する日本――集団的自衛権の行使と戦争準備の態勢づくり 安倍政権のもとで日本は今どのような状況におかれているか。安倍首相が追求している三つの課題をみてみよう。

「情報憲法は必要か」 ザ・ハフィントン・ポスト・ジャパン エマニュエル パストリッチ

ザ・ハフィントン・ポスト・ジャパン 「迫ってくるデータ危機: 情報憲法は必要か」 2013年08月22日 エマニュエル パストリッチ 慶熙大学教授、アジアインスティチュート所長 link 最近、アメリカでは、情報機関である国家安全保障局 (National Security Agency) が、アメリカ国内の一般国民を対象に不法でスパイ監視行為をしたことが公開され、大きな波紋を呼んでいる。特に、連邦公務員、及び、政府とさまざまな形態の契約を結び、勤務する関連業者はインターネットの監視技術を悪用、または濫用することに対する厳しい批判的な反応を招いた。ところが、このような複雑な問題を単に倫理的な次元においてのみ扱うなら、私たちの社会にすこぶる大きい影響及ぼす現象を見落とす恐れがある。 個人情報や国家機密に関する情報を担当する公務員の道徳性に問題がありえることもある。しかし、それよりも夥しく進化し続ける情報の分析、 複製、捏造する技術の発展こそ、より詳しく探らなければならない。今回の情報濫用事件のように、国家安全保障局という政府機関が、国家的に関与するというよりむしろ、こうした分野を政府が委託している請負企業やその企業の少数の職員たちが個別に活動する場合がほとんどである。情報監視の技術は、目まぐるしく発展する一方、これに対応する新しいスパイ行為で、既存の機関や情報組織、通信企業、そして個人が、このような新技術を使用しようとする試みや誘惑が強まっている。したがって、ただ道徳的な基準だけ突きつけたなら、このような問題点を扱う、社会変化に伴う効率的な制度整備は後回しにされ、現実的な解決法を提示されないまま、近い未来にはそのようなスパイ事件がより深刻になることは間違いない。